「数字」で考える習慣を身につける
教育投資から事業投資へ
南
事業投資というのは、具体的にどのようなことでしょうか。
野口
なにか新しい事業を思いついたら、あらゆる困難を排して投資すべきでしょう。それは、非常にリスキーな投資なのですが。たとえば、米・シリコンバレーの創業者は、みなそうした投資を行いました。自分で思いついて、自分の家のガレージで、たとえばコンピューターをつくったりして、それをマーケットに出して、それによって成長した企業がほとんどなのです。アップルもグーグルも、ヤフーもそうです。

南
そうした啓示を受けない人は、一生、事業投資の機会はない……。
野口
ですから、教育投資が重要なのです。もちろん、金融商品に対する投資や不動産に対する投資も必要です。ただ、それを行うために重要なのは、繰り返しになりますが、信頼できる専門家を見つけることだと、わたしは思います。自分は仕事に集中して、どんどん能力を高めていく。そして、事業を思いついたら、思い切ってそれに投資するのです。
南
昨年12月、『数字は武器になる』という本を出版されました。その中で、おおまかな数字を把握して物事を理解し、思考することの重要性について記されています。たとえば、日本のGDPは500兆というような規模感をもつことが大切だと……。
野口
健全な常識のひとつです。「正確に間違えるよりも、おおまかに正しいほうがよい」。これはケインズの言葉ですが、わたしは、文系の仕事においてこそ、数字が必要だと思っています。理系の仕事では、数字はあまり必要ない。数学は必要なのですが。わたしは工学部出身ですから、実験室で半導体の実験をしていました。その研究で、数字はほとんど不必要でした。その後、大蔵省(現財務省)に入って文系の仕事をしましたが、そこでの日常は数字の洪水、あらゆることが数字でした。

南
わたしのように数字が苦手だという人が「数字で考える」という習慣を身につけるためには、どうしたらよいのでしょうか。
野口
第一に必要なことは、数字は敵ではないと、自分を納得させることでしょう。敵だと思うから離れていくのです。自分にとって数字は敵だから、なるべく近くに来ないでくれと思っていたら、間違いなくどんどん離れていきます。数字はわたしの味方だと思って、いろいろなことを数字でとらえるようになれば、事態は変わってきます。
南
世の中の見え方も変わってきて、なにか新しい事業も思いつくかもしれませんね。
野口
一変するのです。わたしは、それを「側理論」と言っていますが、側というのは、こちら側とかあちら側ということです。多くの人は、数字はあちら側だと思っています。でも自分の側だと思えば、かならず近づいてきます。
何歳になっても「勉強」しないと!
南
いま、早稲田の大学院で毎月1回、「特別講義」をされています。
野口
もう顧問という立場なので、講義をする義務はないのですが、自分がやりたいので、毎月1回話しています。申し込んでいただいたら、どなたでも聴講できます。講義の動画も大学院のウェブサイトで公開していて、どなたでもご覧になれます。わたしは自分の意見をほかの人に聞いてもらうことが生きがいですから、その機会を自分でつくっているのです。

南
私塾「野口塾」も主催されていますが。
野口
早稲田の大学院で教えた学生を中心にして、月に1回くらい集まって、いろいろなことをディスカッションするという勉強会をやっています。もともと社会人対象の大学院なので、全員が社会人です。30代半ばくらいですが、彼らは優秀です。先ほど、たいへん荒っぽい、ペシミスティックなことを言いましたが、若者たちの能力を高めるために、微力ながら、わたしも自分でできることは実践しているつもりです。
南
いつの時代も、何歳になっても、懸命に勉強しないと生き残れないですね。
野口
そのとおりです。そして、それが報われるような社会的な環境がなければいけないと思います。アメリカでは、どこの大学院を出ればいくら給料が上がるという具体的な記事が、ウェブを見れば、いくらでも出てきます。学生は、勉強している間給料がなくなったとしても2〜3年勉強して専門家になれば、将来どれだけ報いられるかということを知って、確信をもって勉強に励める。それは、アメリカの企業がそういう報い方をしているからなのです。日本の企業も、そのように変わってほしいと思います。そうなってこそ、日本は新しい可能性に向かって成長していくことができます。